医学生(2年)桜井のブログ

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鬼滅の刃の最終話


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MRワクチンを打ってからの発熱によって更新が遅れてしまいました。

私は鬼滅の刃を全巻読破しました。発熱が収まってきてから読んだのでまだまだ深く読めておらず、人間関係・能力なども理解もまだ浅いのでこれから何回も読み返します。

初めに申しておきますが、これはさらっと読んだ後の最終話の感想であり、今後、見解が私の中で変わることが十分考えられます。変わったらその都度、書き直します(前に考えていたことは消さないつもりです)。

最終話で「曾々おじいちゃんと曾々おばあちゃんがみんなで頑張って人を食べちゃう鬼を倒してくれたから大丈夫なんだよ」という言葉があります。確かに、実際の大正時代には人を食べるような鬼は居ません。しかし、私は現実に置き換えてみてもこの言葉を正しい言葉だと思いました。

大正時代には大正デモクラシーが起こったり、脚気結核という二大国民病があったりしました。私は医学部医学科なので、知識は足りませんがまずは病気の方についてお話ししたいと思います。

問題となった大正時代の病気とは | 大正時代の生活・文化ナビ (taisho-jidai.com)

上が参考文献となっています。現代では何かの栄養素が足りないと特定の病気になりやすいということはよく知られていますが、栄養素・ビタミンと病気の関係が明らかになってきたのは大正時代からです。今では脚気にかかったという話はほとんど聞きませんが、大正時代には二大国民病となっていました。治療法などが確立されたのは昭和に入ってからですが、ビタミンが足りないからという事を大正時代に発見していなければもっと多くの死者を出していたり、死ななくてもその人の存在が家族にとって負担になったりすることが多くなっていたでしょう。さらに言えば、ビタミンの発見が私が以前に発表したエナジードリンクなどの商品に繋がっているのかもしれません。他のサプリなどもそうでしょう。それらに頼りすぎてはいけない面はありますが。

結核については申し訳ありませんが、今の私ではここで書くレベルに達していませんので割愛させていただきます。

ビタミンと病気との関係が明らかになって一般の人々にも広まっていった大正時代は大きな転機のような気がします。

たった15年なのに激動の歴史、「大正時代」で置きたこと | tabiyori どんな時も旅日和に (wondertrip.jp)

受験時代の知識が無くなってきたので上を参考にしました。次に、大正デモクラシーです。1890年に大日本帝国憲法が施行されましたが、政治を仕切っていた薩摩・長州出身のメンバーは憲法を守らない独裁的な政治を行っていました。この中で、国民は民意が反映されない政治と感じて反発するようになりました。そして、二回も護憲運動が起こりました。一回目では原敬桂太郎内閣を倒し日本初の政党政治を実現しました。二回目では加藤高明によって男子普通選挙法が成立しました。その他では、吉野作蔵が民本主義を唱えたり、美濃部達吉天皇機関説を唱えたりしてデモクラシーが社会に浸透していくことになります。国民主権となったり、女性の参政権が認められるのは第二次世界大戦が終わってからになりますが、大正時代にこのような運動が無ければ今の状況はなかったかもしれません。勿論、終戦後のGHQの存在の無視出来ませんが。

私が思うに、多くの人々を苦しめた大正時代の二大国民病(病気自体はそれ以前からありましたが)、人々を苦しめる政治は鬼と変わりません。それらを解消しようと努力した多くの人々によって今の生活があるのだと私は思います。なので、「曾々おじいちゃんと曾々おばあちゃんがみんなで頑張って人を食べちゃう鬼を倒してくれたから大丈夫なんだよ」という言葉は現実でも正しい言葉だと私は考えます。